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第7回 「教育家族」が子どもを苦しめている

以下の文章は風土社発刊 チルチンびと31号
論)教育家族から生活家族へ/広木克行 の文章を転載しております。
以下の文章の著作権は㈱風土社に属します。

子どもの発達を支えるためには、子どもたちをとりまく家族、社会の状況もあわせて考える必要があります。

子どもに話を聞くと、「自分は親から愛されてないんじゃないか」「必要とされていないんじゃないか」という不安を感じている子どもが今、非常に多い。

「親が私に求めているのは、もっと賢くて、もっと可愛くて、もっと素敵な子であって、私なんか必要とされていない」と思っているのです。

もちろん、親は決して子どもを愛していないわけではないし、一生懸命育ててもいる。

しかしそれが「子どものため」という発想になり幼い頃から英語や文字を教えたりして、常に高いレベルを求めて教え込む形になっているのです。

歴史を振り返ってみると、戦後しばらくまでは、家族がみんなで家の仕事を分かち合う「生活家族」でした。

子どもも重要な労働力としてあてにされ、農作業や家事を手伝ったり、牛や馬の世話を手伝っていました。

私も子どもの頃は、ご飯が炊けるまで竈の前で番をしたり、手押しの井戸で水を汲み上げていたものです。
家の仕事をすれば親に喜ばれ、「家族の中で自分はなくてはならない存在なんだ」と、子どもがしっかり感じることが出来たのです。

ところが、1970年代中頃からこれが変質していきます。
ほとんどの子どもが高校に通うようになって(高校進学率が1974年に90%を突破)、冷蔵庫や洗濯機、電気掃除機などさまざまな電化製品が家庭に入ってきた頃です。
子どもは家の手伝いをする必要はなくなりました。
勉強することがもっぱらの仕事になったのです。
子どもが机の前に座って教科書や問題集を開いていれば親は安心するといった、いわゆる「教育家族」になっていったのです。

今、小さな子どもを抱えている親は、まさに「教育家族」のもとで育てられた世代です。
自分が育った時以上に、子どもに対して「勉強しなさい」「早くしなさい」と強烈なメッセージを送ってしまうことが多いようです。
それが子どもたちを苦しめているのです。