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第11回 “子育てではなく”“子育ち”の姿勢で (最終回)

以下の文章は風土社発刊 チルチンびと31号
論)教育家族から生活家族へ/広木克行 の文章を転載しております。
以下の文章の著作権は㈱風土社に属します。

 思えば、1950年代半ばの高度成長が始まるころから、私たちは「子どもを授かる」ではなく「子供をつくる」と言い始めるようになりました。

 医学が発達し、生まれた子供はみんな育つようになったために、「子どもは授かり物」という意識が消えてしまったのです。

「自分が欲しいと思った時につくった子供なのだから、自分の思い通りに育ててどこが悪い」

 私たちは今、そんな傲慢な発想で、子どもたちを見つめてはいないでしょうか。

 ロシア革命を指導したレーニンの夫人であり、教育家でもあるクルプスカヤこう言っています。
「家庭教育とは親の自己教育である。親が人間として成長できなければ、子育ては出来ない」と。


 子どもに何かを教えることが育てることではありません。
子どものこと、子育てのことを夫婦で対等に話し合える家庭にいる時こそ、子どもは幸せを感じ、大切にされていると感じて、心身とも健やかに育っていくものなのです。

 子どもを教育する”子育て”ではなく、大人が自ら成長しながら子どもの発達を支える”子育ち”支援の姿勢で挑むことが、親と保育者には何より求められていると思います。